ハワイで自閉症の娘さんを育てる なな・高橋・セインズさんと、ダウン症候群の娘さんを育てる長谷部 真奈見さんは、ともに娘さんのために日本から「ハワイへ教育移住」されたという共通点をお持ちのお二人です。
「ハワイならもっとこの子の可能性を広げてあげられるのでは」——
いろいろな場所と比較してハワイを選んだお二人が語る、ハワイ教育移住のリアルなストーリーをハワイに住む編集部が伺いました。
お二人が、教育移住の場所としてハワイを選んだ理由
コールドウェルバンカーズで不動産エージェントとして活躍中のなな・高橋・セインズさん(以下、ななさん)は、アメリカ人の旦那様と3人のお嬢さんのファミリーのお母さんで、2012年にファミリーでハワイに移住されました。上のお嬢さんは東海岸の一流大学へ進学、19歳の真ん中のお嬢さんに自閉症があり、そして3人目のお嬢さんは名門プナホウスクールの高校生です。
そして、経済キャスターとして活躍し会社経営者でもある長谷部 真奈見さん(以下、真奈見さん)は、ダウン症候群を持って生まれた一人娘のお嬢さんと一緒に、2024年の夏からハワイに移住。娘さんは現在、ハワイの公立高校のフレッシュマン(高校1年生)として元気に学校に通っておられます。
ななさん:
今日は、ハワイでスペシャルニーズの子供を育てている母親同士、真奈見さんとこうして一緒にお話できて嬉しいです。
真奈見さん:
こちらこそ。ハワイ教育移住の先輩であるななさんと、こんな機会をいただけて、とても楽しみにしていました。
ななさん:
お互いに、いろいろ悩んで、経験して、ここまで来ましたものね。
私の次女は、自閉症とともにレアな遺伝子系の難病を持って生まれまして、赤ちゃんの時、生死の境をさまよったんです。そのため、生まれてすぐにABA(応用行動分析、問題行動を減らすセラピー)などの療育情報と難病治療の情報を探し始めました。その病気の治療に強いアメリカ東海岸の病院を探し出し、治療やセラピーに通うために、東京からアメリカへの渡航を繰り返しました。アメリカ人の夫は東京での仕事が忙しかったので、一人で幼い子供たち3人を連れてアメリカに渡航し、車を運転してモーテルと病院を毎日往復したりの日々でしたね。
真奈見さん:
タフでしたね。誰でもできることではないです。すごい行動力ですね。
ななさん:
しかも見知らぬ土地でしたし、まだ若かったからできたことですね(笑)。
私は中学高校とワシントン州で育って、同時通訳もやっていましたので、英語に苦労はなかったんですが、それでもやはり娘にとって必要とする情報にたどり着くのが難しく、必死で調べました。
その後、夫や私の仕事のこと、親のこと、3人の娘たちの学校のことなど6年ほどの準備期間を経て、次女が6歳になった2012年にハワイへ移住して来ました。
真奈見さん:
うちのケースは、もう少し娘が大きくなってからの移住です。ダウン症候群で生まれた娘の中学卒業後の進路選択を考える中で、たどり着いたのが”ハワイへの留学”でした。やっぱり親としては”この子にとって何がいいのか”ということが一番大事で、すごく考えました。
私も自分が高校時代をアメリカで過ごし、その後の人生を変えた経験となったので、それを娘にも体験させてあげたいと思っていたんです。
でも、周囲に障がいをお持ちのお子さんで海外留学したというケースがなかなかなくて。自分で学校を見つけてメールを出してみてと、すべて手探りでしたね。
ななさん:
私たちも移住前から、ハワイ旅行に来るとセラピストを探して会ってみたりしましたね。当時でもアメリカのセラピーの種類が日本に比べてすごく多くて、びっくりしたのを覚えています。
夫も私もアメリカ本土に住んでいたことがあるので、逆に子育てをするなら本土じゃないな、人が優しいハワイがいいと決めていました。
私の夫は、日本に住んでいる時からいつも”ハッピーでいようよ”って言っていたんですね。でもどこか日本にいる時には周りの目を気にして、暗くなっていた自分がいた気がします。それが、ハワイに来てからは、親も娘たちも”もっとハッピー”に、明るくなって。家族の絆も深まりましたね。
次女にも「いいの、あなたは自閉症で、そのままでいいのよ」と伝えています。そして周りも同じように「自閉症なんだね」と次女をそのまま受け入れてくれる。そんなコミュニティがハワイにはありますね。
真奈見さん:
それはほんとうにそう思いますね。私たちもハワイにたどり着くまでに、シンガポールやアメリカの東海岸の州やハワイでもサマースクールに通わせてみたりと、いろんな環境を試してみたんです。
その中でハワイに決めたのは、ここでは”みんな違うのが普通でしょ”という考えが根付いていると感じられたことが大きいですね。娘が日本人であることも、ダウン症候群があることも、特に誰も気にしてないし、”私も娘も、何もかも忘れて暮らしてる”っていうのが今の正直な気持ちです。みんな違うのが当然なんだから、わざわざ言う必要もない、それがすごく楽なんです。
ななさん:
楽になりますよね。親御さんもお子さんにとっても、そういう環境であるっていうのはすごく大事だと思います。
真奈見さん:
ななさんのように、スペシャルニーズの海外での子育てのことをここまでご存知の方っていうのはなかなか日本ではいらっしゃらないと思います。さらに、進学校に通っておられるお嬢さんを含めて実際に3人の子育てを経験されているのもすごい。ななさんにもっと早く出会いたかったし、出会っていればもっと早くハワイに来れたのに!と思います。(笑)。
”ゆっくり大きくなっても大丈夫”なアメリカの公教育
アメリカの教育制度は、日本とはいろいろな違いがありますが、その1つが義務教育期間の長さです。日本の義務教育が「小学校6年間・中学校3年間の9年間」なのに対し、アメリカでは「小学校・中学校・高校の12年間」が義務教育となっています。真奈見さん:
日本ではスペシャルニーズのある子どもたちは、中学校で義務教育を終えたあとに、特別支援学校に通うことがほとんどです。そして、特別支援学校を卒業すると18歳で作業所などの就労に就く子が99%です。 でも、そもそもダウン症候群の子供たちは「ゆっくり大きくなる」のが特長なのに、そんなに早く社会に出る以外に道はないの?と感じていました。
ななさん:
アメリカの高校には、健常者の子たちが通うディプロマ(Diploma・卒業証書)コースと、スペシャルニーズの子たちの通うサーティフィケイト(Certificate・修了証書)をもらえるコースの二つがあるんですね。サーティフィケイトのコースでは18歳で一旦卒業した後も、22歳の誕生日まで高校に通い続けて学ぶという道が開かれています。うちの次女もいま19歳で、一旦卒業はしましたが、さまざまなセラピーを続けながら今も高校に通っています。
真奈見さん:
二つの違うコースの子供たちが、同じクラスで学ぶというアメリカの公教育の仕組みが素晴らしいと思いました。
娘がハワイの高校に入学する前、初めて学校を訪ねた時に、最初にスクールカウンセラーに言われたのが「あなたの娘さんの教育はアメリカの法律で保証されています。」という力強い言葉だったんです。私、それを聞いた時に感動してしまって。
ななさん:
パブリックスクールの場合、スペシャルニーズの子供たちにはその子にあった「IEP(Individual Education program) 個別教育プログラム」が組まれます。ディプロマの子達も、サーティフィケートの子達も同じ学校に通って、同じ教室で授業を受ける。でもディプロマの子達は成績で評価がつけられる一方、サーティフィケイトの子達はIEPに沿って自分のスピードで学んでいけばいい、という仕組みになっているんですよね。
真奈見さん:
娘のIEPを作る時にも、先生やカウンセラー、州の教育部門の方など8名ものスペシャリストが集まって、娘の強みや弱みを踏まえた上で、計画を立ててくださったんですよ。しかも、そのプログラムも必ず年に一度は見直すことが法律で守られているし、不安があったらいつでも親が連絡して、見直してもらえる体制にあります。
それに高校でサーティフィケイトをとった後に、希望すればコミュニティカレッジのクラスが取れる、学びを続ける道が用意されている、というのも日本との大きな違いですね。障がいのあるお子さんが18歳で社会に出るのはちょっと早いんじゃないか、ゆっくり22歳まで学ぶ機会を与えてあげたい、と思っている親御さんにとっては、大きなメリットなのではないかと思います。
ななさん:
英語には「It takes a village to raise a child(一人の子供は村のみんなで育てる)」っていう表現があるんですが、本当に”ひとりでこの子を育てているんじゃないんだ”って感じますよね。
「どうしよう、娘の状態がよくないんです」って泣きたくなるような時には、すぐに関係者の方たちに連絡を入れます。そしたら「よし、じゃあ任せて!」ってすぐにオンラインミーティングを開いたり、とにかく即、動いてくれる。
真奈見さん:
わたしもほんとに周りのみなさんにすごく助けていただいてますね。
こちらが働きかけるより前に、電話をくれてプログラム見直しのアドバイスをもらったり、娘のことをこんなによく見ててくれるのかと。
ななさん:
アメリカに息づくコミュニティサービスの精神、そしてハワイならではの”オハナ(家族)”や“ハナイ・オハナ(血縁がなくても家族のようなつながり)”の精神も、大きな支えになりますね。ボランティアなどを通じてコミュニティに貢献することが身近で、小さいころから自分も助けられたり助けたりを経験するし、それが学校のプログラムにもなっています。
Give&Takeが一方通行でない、”何かあったら私のことを家族のように思って頼ってね”と言い合える”オハナ”がたくさん周囲にいるハワイの温かさにいつも助けられています。
障がいのある子の親ならば、自分たちが死んだ後、この子は大丈夫だろうかというのは必ず考えることですけれども、その子たちにとって”自分はこのコミュニティの一員だ、ここにいてもいいんだ”と思える場所があるのは本当に大切なことだと思います。
真奈見さん:
私たちの出会いも、ななさんの娘さんがコミュニティサービスとして、スペシャルニーズの人たち専門のダンスクラスで私の娘にダンスを教えてくれていたことからです。そういうノンプロフィットで助けてくれる団体がたくさんあって本当にありがたいです。
ハワイといえばサーフィン、ビーチみたいなイメージが強いですが、”それだけじゃないハワイの素晴らしさ”を心から実感しています。
ななさん:
私たち自身が障がいのある子供達の海外移住情報が見つからなくて苦労したからこそ、みなさんに発信していくことで、希望を見出す方が少しでもいらっしゃれば、と思います。
簡単ではないけれど、チャレンジすれば得るものも大きい教育移住
ハワイの教育制度とあたたかいコミュニティに支えられ、子育てに奮闘するお二人ですが、ハワイへの教育移住はどのようなスケジュールや順番で始めればよいのでしょうか?
ななさん:
私がまずお勧めしているのは「学校選び」です。 どの学校に通わせたいか決めるのが先決です。ハワイは学校や習い事への送り迎えも親の仕事になりますので、学校が決まればそこから住むエリアや家を絞っていくのが良いと思います。もしも、学校選びで迷っておられるようでしたら、私はハワイの進学校にも公立校にも子供達を通わせていますので、ぜひご相談ください。
いままで最短の方ですと半年後に教育移住したい!と言って実際に実現された方もおられますが、やはり1年くらいをかけて準備されるのをおすすめしますね。アメリカに初めて住むとなると家探しにしても、さまざまな生活のセットアップにしても、ファーストステップでつまづくことも多いので、そういったこともぜひお手伝いできればと思っています。
真奈見さん:
わかります!私も何度も心が折れそうになりました(笑)。でもそれはすごくもったいないと思うんですよね。ななさんには地元に住んでいる方でないと分からないこと、ハワイのいいところだけじゃなくて、気をつけた方がいいことなどもいろいろ教えていただきました。外から来た私にはわからなかった部分や、いろんな見えない壁もやっぱりあります。
だけど、そのちょっとのことで心が折れてしまうと、せっかくやってみたいと思っていた道が途絶えてしまうので、最初からななさんのように頼れる方に伴走してもらって、助けてほしいと言った方がいいと思います。
ななさん:
やはり海外移住って、小さな決断ではないと思うんですよね。日本から出ると言うこと自体が、物理的にも、金銭的にもやはり大変なことですから。
真奈見さん:
確かにそうですよね。だけど、この気候とか、ハワイの人たちの優しさとかに触れて、親のほうもすごく考え方が変わるんですよね。なるようになるかなって(笑)。
教育移住に関心のある方は、ハワイ旅行で来られた時に、学校を訪問してみたり、家を見てみたりするのはおすすめです。海外留学や教育移住が、”夢”じゃなくて、一気に自分の中でリアルな現実に近づきました。
ななさん:
実際に移住するかどうかは別として、とにかく誰かに話してみよう、話を聞いてみよう、まずはそのくらいの気軽な気持ちでアクションをとってみたら何かがきっかけになるのではないかと思います。そんな相談相手として私に気軽にご連絡いただければ嬉しいですね。
真奈見さん:ハワイと日本は結びつきがすごく強いので、こうやって発信していくことで、また新しい動きが生まれて、みんなでもっと良い形を作っていけるとよいですね。

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